タンス町

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 武生は名古屋に似て、婚礼の派手なところだといいます。「私は1000万かけて嫁入りさせてもらった」「私の親も1500万出してくれたけど離婚した」などという話を実際に聞きます。そういう習慣がいつの頃だったものかはよくわかりません。私が見聞きした方が実際に婚礼をあげたのは、昭和40年代から60年代くらいかなと思われます。戦前にそんな派手な婚礼があげられたとも思えませんし、もっと田舎の人で「結婚するには、このようなしきたりがあって・・・」など面倒なこと言う方も、じゃあお祖父さんはそうしたのかと問うと「いや、貧乏人だったから」などと仰る。希望・願望・妄想が、ありもしなかった伝統を作り上げてってるんじゃないかと推測しています。
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 しかし、確かにあったのは名古屋にあったように、トラックに婚礼家具を積み込んで行列にして乗り込む風習です。そこで潤ったのがこのタンス町通りの住人でしょう。今は栄華の残り香を感じるだけです。
指物師からタンス屋に変化していき、この写真に見える村国屋さんが開業した明治末期あたりにはもうタンス町の姿が出来上がったそうです。

 このタンス屋さんは、「まちかど資料館」として公開されています。1階の庇が瓦葺ではなく板で出来ているのがわかるでしょうか。タンスを表から二階に直接運び込むときに、瓦を踏み割らないように、またタンスを傷つけないようにという工夫です。

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