永源寺
先週の土曜日のドライブは、最終目的地はある人に教わった紅葉の名所、安土町の教林坊だったのですが、折角でかけますので、永源寺と蒲生野の万葉歌碑も目的地に入れました。
最初に訪れた永源寺は、やはり紅葉の名所として名高いところなのですが、永源寺ダム周辺もなかなかのところだと聞いていました。
そ れ以上に、中世の日本史に興味のあるかたは惟喬親王伝説を持つ「木地師の里」として永源寺をご存知ではないでしょうか。木地師、六呂師(木地屋、轆轤師) などという中世の(ある意味では賎民である)職業集団は、北陸では漆器産業と結びついていて山奥には今でも地名が残っています。
最初に訪れた永源寺は、やはり紅葉の名所として名高いところなのですが、永源寺ダム周辺もなかなかのところだと聞いていました。
そ れ以上に、中世の日本史に興味のあるかたは惟喬親王伝説を持つ「木地師の里」として永源寺をご存知ではないでしょうか。木地師、六呂師(木地屋、轆轤師) などという中世の(ある意味では賎民である)職業集団は、北陸では漆器産業と結びついていて山奥には今でも地名が残っています。
その木地師が全国を廻るとき惟喬親王の諸役御免の綸旨を根拠とする手形を持ち歩いたと言われています。それを発行した筒井神社が永源寺町の蛭谷町にあります。
山奥に多いこの種類の説話の例に漏れず、この説話も「木地屋文書」などの偽書まで作られた架空の話です。誰がこういう架空の話を作ったのか、想像はつきますがある意味では悲しいことでもあります。
ここは、今の永源寺ダムよりずっと山奥で、福井にも何箇所もある六呂師という地名のある山奥を彷彿とさせます。
学生時代から興味のあった永源寺に、実は30年前にも行ったことがあるのですが、当時住んでいた西宮からも遠く、あまり散策することもできませんでした。
ですから今回、安土からちょっと山に入ったところですから訪れてみたわけです。
やはりとても紅葉のきれいなところでしたが、これが永源寺ダムの堰堤です。このあたりからとても細い道を上がります。
ダム湖の畔を行く道はこんな感じでした。
紅葉もきれいでした。
山奥に多いこの種類の説話の例に漏れず、この説話も「木地屋文書」などの偽書まで作られた架空の話です。誰がこういう架空の話を作ったのか、想像はつきますがある意味では悲しいことでもあります。
ここは、今の永源寺ダムよりずっと山奥で、福井にも何箇所もある六呂師という地名のある山奥を彷彿とさせます。
学生時代から興味のあった永源寺に、実は30年前にも行ったことがあるのですが、当時住んでいた西宮からも遠く、あまり散策することもできませんでした。
ですから今回、安土からちょっと山に入ったところですから訪れてみたわけです。
やはりとても紅葉のきれいなところでしたが、これが永源寺ダムの堰堤です。このあたりからとても細い道を上がります。
ダム湖の畔を行く道はこんな感じでした。
紅葉もきれいでした。
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今朝 NHK福岡で永源寺とその周辺を紹介していました
冬でも茶店が1件だけ開いていて
ゆずみそこんにゃくが美味しそうでした
あいかなさん
永源寺が紹介されるなんて、珍しいですね。こちらでは案外有名な紅葉の名所なんですが。
そういえば、こんにゃくが名物なんですね。