源氏物語と宿坊
今回の善光寺ドライブで、思いがけず宿坊を見ることが出来、今に続く日本的な旅の伝統に出会ったような気がしてとても有意義だったと思い返しています。
このご一行が、なにか襟にかけていますね。簡易型の袈裟みたいなものでしょうが、何と言うものなのかは知りません。いかにも信者ご一行という雰囲気ですが、そこに書いてある「常智院」というのが宿坊の名前です。
宿坊といえば、今は高野山も有名ですし、同じような制度で相撲茶屋や芝居茶屋などの制度が江戸時代には発達していましたよね。今ではこういうものは廃れているのかと思ったら、善光寺では盛んなのが知られてとても興味があります。
御開帳といえば観音様なんて先日日記に書きましたが、宿坊といえば観音様という記憶があります。
源氏物語で玉鬘(たまかづら)という巻をご覧になったことがあるでしょうか。玉鬘という女性を主人公とした巻がこのあと10帖ほど続きますが、この女性は あの夕顔の子供なんです。夕顔は源氏との逢引の最中に物の怪に取り殺されてしまったのですが、おそらくその悲劇的な状況で死なせてしまったつぐないに、紫 式部が後に登場させた人物であろうと思われます。(よけいなことですが、私もこの夕顔のエピソードも源氏が嫌いになった大きな要因となりました)
さて、いろいろありまして乳母(めのと)が大宰府に連れて行っていた夕顔の忘れ形見が、成人して田舎を逃れるように(紫式部の感覚がわかりますね)京に戻ります。
そして、夕顔の乳母との劇的な再会をはたすのが初瀬観音(長谷寺)です。この物語を読んでいると海石榴市(つばいち)に宿泊して、そこからあらかじめ依頼 した御師(おし)によって観音のお堂に案内されおこもりをすることがわかります。その宿泊先もお坊さんが経営しており、善光寺の宿坊と同じ制度だというこ とが読み取れます。
源氏物語の時代には上流社会のものであっただろう観音詣でも、今では庶民の娯楽になっていますが、連綿とした流れを感じることが出来ました。
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