善光寺境内

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PICT8111.jpg 善光寺の回向柱の見物を終えると、本堂におまいりするか境内を散策することになります。回向柱は御開帳のときだけですから必須ですからね。

 
 こんなのがありました。写真の灯篭は、ムジナが灯明を奉納しようと人間にばけて宿坊に泊まっていたところ、ついうっかりもとの姿で風呂に入っているところを宿の人に見つかってしまいました。逃げて帰ったムジナの願いをかなえるために宿の人がかわりに奉納したのがこれなのだそうです。


PICT8114.jpg 
 謡曲の土車(つちぐるま)と善光寺の由来を書いた看板です。いったいに善光寺の看板類は立てっぱなしではなく、ちゃんと整備がされていて気持ちのいいものでした。もしかしたら御開帳にあわせて、すべて新調するのかも知れません。


PICT8117.jpg 境内の奥のほうには、今話題のダライ・ラマが寄進した仏像がありました。由来をきちんと読まなかったので、今のダライ・ラマが寄進されたのかどうかわかりませんが、キンキラキンの仏像で、日本のものとは違うなと思いました。
 チベットと善光寺とどういうつながりかというと、中国とチベットの対立を考慮した善光寺が北京五輪聖火リレーのスタート地点を辞退したことに感謝を表し、ダライ・ラマが来日した際に贈ったものだそうです。 
PICT8119.jpg 「牛に引かれて善光寺参り」なんてことばもありますから、牛つながりのものが境内になにかあるだろうなと思っていたらやっぱりありました(^_^)

 一見すると、ホルスタインみたいですから、あんまり関係ないかも知れませんが(^_^;)

 それと、私は見ていないのですが、人に聞くと参道のかなり善光寺に近い案内所のようなところの建物内に、牛の置物があったとのことです。
 皆さんが触れるので頭の部分がピカピカになってたみたいです。


PICT8118.jpg  これは銅製の釜の寄進者を撮ったんですが、石の玉垣なんかも東京と名古屋の人の寄進が多かったと感じました。考えてみると、九州では善光寺参りは聞いたこ とがありません。これは私の周りの人がたまたまそういうのに無縁である可能性もありますが、家内の実家のある広島では、善光寺のかわりに高野山に参りま す。

 高野山も善光寺も、ある年代になったときのテーマパークみたいなものなんでしょうが、現地代理店の(それが恐らく御師で広島で「おだいしさん」といいます)存在が集客に大きな力を持っていた(いる?)んだと感じました。

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