英国のことの最近のブログ記事

暫く不在です。といっても、今でも不在に等しい状況ですが(^_^;)

一年ぶりのロンドンに行きます。今回はダーウィンの生誕200年もやっているようですから、自然史博物館にも行ってみようかなと思います。ということは、リンカーンとダーウィンは同い年?
 ノルマン・コンクェスト後の王室のイングランド化について書きましたが、そのままノルマンディー公国と分裂して現在の形の英国になったわけではなく、ノルマン朝断絶後にプランタジネット朝のジョン欠地王までに揺り戻しとも言える現象がありました。

先ず、アンジュー家に王権が移った経緯ですが・・・(アンジュー朝は、その言い伝えからエニシダ、つまりプランタジネット朝といいます)。


さて、九州から帰ってきて、早速英国史に取り組みます。


 ノルマンディー公庶子ギョームがウィリアム征服王となり、ノルマン・コンクェストが成就しましたが、その後どうなったでしょう。

イングランド王ウィリアム一世は、ノルマンディー公ギョームとしての立場も持ち続け、おそらく彼の最終的な大望であっただろう、フランス王との対抗力もかなり持ち、いつもフランス王との戦闘を続けていました。
 フランス王との最後の戦闘に赴いてマントを奪回した直後に事故で致命傷を負って亡くなりました。
 そして領地は長子のロベールにノルマンディーを、そしてイングランドを同じ名前の次男ウィリアムに譲ります。


 ノルマン・コンクェストは、今日使われている英語に大きな影響を及ぼしました。ノルマン人のフランス語の単語が輸入されたということもありますが、それより、一時的に英語が公用語に全く使われなくなった影響です。

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