北陸のことの最近のブログ記事
今日はとても暑い日になりましたから、以前乗鞍スカイラインをドライブして、とても寒かったというイメージから飛騨あたりを目指しました。
いつもだったら、まず北陸道に乗るのですが、158号線を走りました。
ここで話は江戸時代、武生は福井藩の飛び地で本多氏の領地でしたが、鯖江をはじめ幕府直轄地(天領とも言います)が多くあって、代官所がありました。
代官所があったことは本保町という名前に残っていますが、今も昔も行政の効率化は課題だったらしく、本保町の代官所はリストラにあい、飛騨高山の代官所が管轄することになりました。
代官所で何をやるかというと、年貢の取立てと裁判の実施というのが基本ですが、どっちにしても高山と武生間の往来が必要です。それが現在の国道158号線ですね。
前置きの話が長くなりましたが、国道にも歴史が残るのは興味深いものです。
いつもだったら、まず北陸道に乗るのですが、158号線を走りました。
ここで話は江戸時代、武生は福井藩の飛び地で本多氏の領地でしたが、鯖江をはじめ幕府直轄地(天領とも言います)が多くあって、代官所がありました。
代官所があったことは本保町という名前に残っていますが、今も昔も行政の効率化は課題だったらしく、本保町の代官所はリストラにあい、飛騨高山の代官所が管轄することになりました。
代官所で何をやるかというと、年貢の取立てと裁判の実施というのが基本ですが、どっちにしても高山と武生間の往来が必要です。それが現在の国道158号線ですね。
前置きの話が長くなりましたが、国道にも歴史が残るのは興味深いものです。
飛騨への続きを読む
こんなのがありました。写真の灯篭は、ムジナが灯明を奉納しようと人間にばけて宿坊に泊まっていたところ、ついうっかりもとの姿で風呂に入っているところを宿の人に見つかってしまいました。逃げて帰ったムジナの願いをかなえるために宿の人がかわりに奉納したのがこれなのだそうです。
謡曲の土車(つちぐるま)と善光寺の由来を書いた看板です。いったいに善光寺の看板類は立てっぱなしではなく、ちゃんと整備がされていて気持ちのいいものでした。もしかしたら御開帳にあわせて、すべて新調するのかも知れません。
チベットと善光寺とどういうつながりかというと、中国とチベットの対立を考慮した善光寺が北京五輪聖火リレーのスタート地点を辞退したことに感謝を表し、ダライ・ラマが来日した際に贈ったものだそうです。
善光寺境内の続きを読む
今回の善光寺ドライブで、思いがけず宿坊を見ることが出来、今に続く日本的な旅の伝統に出会ったような気がしてとても有意義だったと思い返しています。
このご一行が、なにか襟にかけていますね。簡易型の袈裟みたいなものでしょうが、何と言うものなのかは知りません。いかにも信者ご一行という雰囲気ですが、そこに書いてある「常智院」というのが宿坊の名前です。
源氏物語と宿坊の続きを読む
私のときで1時間超、マラソンで敬遠されてシャトルバスもなかった19日の午後でも、行った人によると20分は並んだそうです。
善光寺御開帳の続きを読む

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あいかな on 永源寺: 今朝 NHK福岡で永
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あいかな on 新春ドライブ: おめでとう ございま
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kazuhisa on 週末は長距離ドライブ: あいかなさん kei
keikoko on 週末は長距離ドライブ: ご無事に到着なさった
あいかな on 週末は長距離ドライブ: ドライブコースの書き